2013年5月8日水曜日

~プロへの道~ アグレミーナ浜松 笠井健太選手 (2/5)

~プロへの道~ アグレミーナ浜松  笠井健太選手 (1/5)の続き



アグレミーナ浜松 笠井健太選手(2/5)

笠井選手プロフィール 笠井 健太(かさい けんた)
サッカー選手
笠井 健太(かさい けんた)
誕生日
1985年12月25日
出身
静岡県菊川市
ポジション
ディフェンダー(サイドバック)をこなす

④サッカーに夢中に、そして本気になり始めブラジルへの短期留学をした中学時代


Footbank.net : 中学2年から高校2年の時が日本という事は、中学2年から本格的にサッカーを始めたって事?
笠井選手 : 中学2年に日本へ帰ってきて、中学2年から高校2年まで日本に3年間いた時、中学2年で初めて部活に入って、面白いって思って。そこから ブラジル行って。
Footbank.net : それまでは自分が遊ぶスポーツの一つでしかなかったのが、
部活動になったんですね。
笠井選手 : すると、自然とみんな上を目指す。
Footbank.net : 目的は、そういったところになるよね。
笠井選手 : カナダでサッカーしていた当時はクラブチームだったんで。クラブチームに所属していても、学校で知り合いは居ないし、ただ寄せ集まってやるだけだから、まぁおもしろくなかったんですよ。それが、日本の部活になると常に生活を共にしてる人たちとやるわけじゃないですか。それが高校になって、だんだん試合するようになって楽しくなって。それで中学3年の時に1ヶ月間短期留学でブラジルに行ってみたんです。その時サントスに行って。それで、その時ブラジルに
残れって話も出てたらしいです。でも、親にしてみれば、6年海外に住んで、半年日本にいて、そのままブラジルってなったら、その時に親はまずいと思ったらしく、僕にはこの事実を知らされずだったんです。でも17歳の時、偶然にもその監督が日本でサッカークリニックを開くから、ついでに健太の試合観るからって。その後「やっぱりお前ブラジル来いよ」ってなって、「じゃあ行くわ」みたいな。で見切り発車して行っちゃったんですよ。


⑤鹿島アントラーズに憧れていた高校時代

Footbank.net : まず・・・ジュビロではないんですね。(笑)
笠井選手 : 高校の時ボールボーイになったのも、うちの高校はいつもジュビロの担当やってて。
Footbank.net : そうだよね。地元の高校生ってやるよね。(笑)
笠井選手 : それだったんですよ。でも、鹿島の試合にしか興味なかったです。絶対鹿島ベンチの横でボールボーイやるぞって。

Footbank.net : 「今日のボールボーイは」
(二人) : 「袋井高校の…」(笑)

笠井選手 : 「袋井高等学校サッカー部の1年生のみなさんです。」で、スタジアムに入っていくんですよ。ダーって走って。(笑)
Footbank.net : なるほどね。

笠井選手 : それをやって、俺は鹿島好がきだったんで。
Footbank.net : 生まれは静岡なんだけど、鹿島好きだったんだね。
笠井選手 : でも、みんなジュビロ好きだから、ジュビロのベンチの横を争ってるんですよ。6人でやるんですけど。5人で争ってて
、その時僕だけは鹿島のベンチの横に座ってるんですよ。

Footbank.net : ライバルいないんだ。(笑)
(二人) : (笑)


笠井選手 : で、次にジュビロ座れなかった奴らが、鹿島の横がいいってなって、その時もう僕が座っちゃてて。(笑)その時、もとさん(本山雅志選手)とかと話しができたりして、その後の人生で同じチームでサッカーやったり、一緒にご飯食べたり、最終的には友達になるとは思ってなかったんですけど、あん時は。(笑)



引き続きお楽しみに。
次回の項目
⑤ 本格的なキャリアスタートからデビュー戦について
⑥ デビュー戦の対戦相手


続く↓
~プロへの道~ アグレミーナ浜松 笠井健太選手(3/5)
~プロへの道~ アグレミーナ浜松 笠井健太選手(4/5)
~プロへの道~ アグレミーナ浜松 笠井健太選手(5/5)

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